大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所魚津支部 昭和51年(ワ)59号 判決

原告 橘春芳

右訴訟代理人弁護士 山本直俊

同 木澤進

被告 協進工業株式会社

右代表者代表取締役 武隈良弘

被告 株式会社タケクマ

右代表者代表取締役 武隈保之

右被告ら訴訟代理人弁護士 島崎良夫

主文

一  被告協進工業株式会社は、原告に対し、別紙物件目録記載(一)、(二)の各土地につき富山地方法務局黒部出張所昭和四九年一〇月一五日受付第五九二二号の、同目録記載(三)の土地及び(四)の建物につき同法務局同出張所同年九月二日受付第五二八八号の各所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

二  被告株式会社タケクマは、原告に対し、右各抹消登記手続をするについての承諾をせよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  別紙物件目録記載の(一)、(二)、(三)の各土地(以下「本件(((一)、(二)、(三)の))土地」という。)及び(四)の建物(以下「本件建物」という。)は、原告が所有している。

2  しかるに、右各物件については、いずれも原告より被告協進工業株式会社(以下「協進工業」という。)に対する昭和四九年七月四日売買を原因として、右(一)、(二)の各土地には富山地方法務局黒部出張所昭和四九年一〇月一五日受付第五九二二号の、右(三)の土地及び(四)の建物には同出張所同年九月二日受付第五二八八号の各所有権移転登記がなされている。

3  さらに、右各物件につき、被告株式会社タケクマ(以下「タケクマ」という。)のため、同出張所昭和五一年一月七日受付第四七号をもって、債務者を被告協進工業とする同年一月六日付設定契約(同五〇年一一月三〇日金銭消費貸借、同一二月二七日金銭消費貸借、同年一二月二七日手形貸付)に基づく債権額五五〇万円、利息年一一パーセント、損害金日歩六・〇二八銭の債権を担保とする各抵当権設定登記がなされている。

4  よって、原告は被告協進工業に対し、右3の各所有権移転登記の抹消登記手続を、被告タケクマに対し、不動産登記法一四六条一項の利害関係を有する第三者として、右各抹消登記手続をするについての承諾を求める。

二  請求原因に対する認否

1項の各物件を原告がかつて所有していたこと、これら物件につき2、3項の各登記がなされていることは認める。

三  抗弁

原告は、もと黒部機工の名称で鉄骨建設などの工事業を営んでいたが、昭和四九年七月二日武隈良弘(以下「武隈」という。)らと被告協進工業を設立することとなり、その際、同被告が原告の全債務三五七二万七二一六円を引受け、その代償として本件土地及び建物を含む原告所有の資産(なお、原告の先妻青木志津子所有の黒部市吉田一〇二三番宅地九七五平方メートル((以下「青木所有土地」という。))を含む。)を譲り受け、本件土地及び青木所有土地を合せて三三一万円、本件建物を一〇四六万七三九五円と代金額を定め、同年七月四日売買を原因として所有権移転登記を得たものである。

四  抗弁に対する認否

原告がもと黒部機工の各称で鉄骨建設などの工事業を営んでいたことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、昭和四九年春、武隈から不況乗り切りのため株式会社組織にしてはどうかと勧められ、同年六月初旬、本件(三)の土地、(四)の建物(工場)及び機械工具類一切を現物出資して株式会社を設立する話をし、その準備を武隈に委せた。ところが、武隈は、同年七月二日、原告に相談せずに勝手に被告協進工業を設立してその代表取締役に就任したうえ、本件(三)の土地及び(四)の建物につき同年七月四日売買契約が成立したと称して所有権移転登記手続を了したばかりか、原告が現物出資をするという話もしていない本件(一)、(二)の各土地まで右同様の契約が成立したとして所有権移転登記を了してしまったものである。

五  再抗弁

1  仮に被告主張の売買契約が成立しているとしても、原告は、被告協進工業設立に際し、別紙「引継ぎ資産・負債額表」のとおり本件土地、建物を含めた資産総額四四八三万四八七八円から負債総額二二八〇万四〇三五円を差引いた二二〇三万八四三円に相当する財産を提供しているところ、武隈は、右提供に際し、原告の株式会社に関する無知を奇貨としてその財産を事実上自己のものにしようと謀り、実は自己が設立する会社の代表者としてその経営にあたるつもりであるにもかかわらず、原告に対し、多額の財産を提供した者が当然右会社の経営者になると欺き、その旨誤信させて、本件土地、建物を含む右財産を提供させた。

したがって、右売買契約は武隈による第三者の詐欺に基づくものであるから、原告は昭和五二年四月二五日付準備書面(第三回口頭弁論陳述)によりこれを取消す旨の意思表示をする。

2  原告は、右財産の提供に際し、実際は、資本金三〇〇万円の被告協進工業が設立にあたり発行した株式三〇〇株のうちの相当部分を取得して代表取締役となりその経営権を握るということにはならず、五〇株を取得して取締役となったにすぎないにもかかわらず、右のとおり経営権を握れるものと誤信していたし、経営権を握れるので本件土地及び建物を含む財産を提供する旨述べた。

したがって、右売買契約はその要素に錯誤があるから、無効である。

3  本件売買契約当時の本件土地の時価は八九五万五〇〇〇円、本件建物の時価は一五八八万八〇〇〇円で、その合計は二四八四万三〇〇〇円となる。そして、これらを含む資産から負債を差引いても前記のとおり二二〇三万八四三円の財産となるところ、原告がその対価として取得したのは時価五〇万円の株式五〇株にすぎない。このような著しい差額に加えて前記のように、原告の法的無知に乗じて会社の代表権をも奪った事情を総合すれば、本件売買契約は公序良俗に反するものとして無効である。

4  本件売買契約は、被告協進工業成立(昭和四九年七月二日設立登記)後二年内である同年七月四日、その成立前から存在していた本件土地、建物を引続き営業のために使用する目的で資本金三〇〇万円の二〇分の一以上にあたる対価で取得する契約であるから、事後設立として商法二四六条(二四五条)により同法三四三条に定める株主総会の特別決議を要するところ、右決議を欠くから無効である。

六  再抗弁に対する認否

1項のうち取消の意思表示、2、3項のうち原告が資本金三〇〇万円の被告協進工業が設立にあたり発行した株式三〇〇株のうち五〇株を取得して取締役となったこと、4項のうち本件売買契約が商法二四六条に該当するとの事実は認め、その余の事実は否認する。

原告主張の資産・負債額は正当ではなく、真実は債務超過である。また、本件売買契約は昭和四九年八月二五日の臨時株主総会において承認されている。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因のうち、本件土地、建物をかつて原告が所有していたこと、これら物件について、原告主張の各登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二  そこで、まず抗弁について判断する。

原告がもと黒部機工の各称で鉄骨建設などの工事業を営んでいたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告は、従業員一六、七人を使用して黒部機工の名称で、本件建物を工場として鉄骨建設などの工事業を営んでいたが、昭和四九年四、五月ころ、当時吉田工業株式会社の送迎用バスの運転手をしていた武隈から、後記認定のとおり右事業のため必要な金を借りていたことや同人の親族が原告の取引先である右吉田工業の取締役をしていたことなどの事情から、黒部機工を会社組織にして同人と共同で事業を行うこととしたこと、原告は、右のような武隈との関係に加えて、かつて同人から事業のために必要な土地購入のあっせんをしてもらったこともあり、同人を信用して、会社設立の細かい手続を同人にまかせたこと、武隈は司法書士の大橋正義に実際の手続を依頼したが、原告は、武隈あるいは大橋から会社設立手続に必要と言われて、本件土地や建物の権利証、実印、印鑑証明書などを渡したこと、そして、原告、武隈のほか、武隈の親戚である木嶋敏雄、中井文夫、谷口重夫らが発起人ということで同年六月三〇日創立総会が開かれ、武隈を代表取締役、原告、木嶋、中井が取締役となり、同年七月二日被告協進工業の設立登記がなされたこと、右会社設立に際しては、後記認定のとおり、黒部機工には相当の負債があったため、本件土地、建物を含む黒部機工の資産、さらに原告の先妻青木志津子所有の黒部市吉田一〇二三番地の土地(青木所有土地)をも被告協進工業が譲受け、その代り黒部機工の負債及び青木が黒部機工のために連帯保証した債務を被告協進工業が引継ぐこととなったこと、本件土地、建物については、設立後、売買という形式がとられたこと、右設立にあたり作成された法人引継財産明細表(乙第一九号証の一部)中の昭和四九年七月二日現在の引継ぎ貸借対照表によれば、資産の部に本件建物は一〇四六万七三九五円、本件土地及び青木所有土地は合計三三一万円と計上されていること、以上の事実が認められる。

もっとも、原告本人は「会社設立手続の準備を武隈に頼み、そのために必要といわれて権利証等を渡したことはあるが、あくまで準備であり、黒部機工の財産の引継については創立総会で決めるという話であったところ、創立総会は開かれておらず、本件土地、建物を被告協進工業に売渡しはむろん提供したことはない。」旨供述する。しかしながら、前掲各証拠によれば、原告は、会社設立手続については大部分を武隈にまかせていたもので、権利証まで渡しており、ことに権利証のない本件(三)の土地の所有権移転登記については、保証書でなされているところ、右土地が売買を原因として所有権移転登記されることを原告は承知していたことなどが認められ、したがって、前掲乙第一、二号証等大橋司法書士のもとで作成された会社設立及びこれに関連する書類の作成については、原告はこれを包括的に承諾していたものと認められるから、原告本人の右供述は、にわかに措信できない。

そうすると、前記認定事実によれば、被告協進工業は、その設立後、本件建物を一〇四六万七三九五円、本件土地及び青木所有土地を合計三三一万円として買受けたものということができるから、抗弁は理由がある。

三  次に再抗弁について判断する。

まず、原告主張の「引継ぎ資産・負債」について検討する。

《証拠省略》を総合すると、武隈は、会社設立当時、税理士の小倉英成に黒部機工の財産状態の調査を依頼したこと、小倉は原告から資料の提供を受けたり、口頭で説明を受けるなどして乙第一九号証中の決算報告書、法人引継財産明細書などを作成したこと、これによると、前記認定のとおり、固定資産として本件土地、建物が計上されていること、また、負債として、原告の主張するもののほか、買掛金三八万三二〇一円、支払手形二一三万五三四八円、未払金二六八万九二円、長期借入金として谷口重夫八五万円、中井文夫一〇〇万円、武隈良弘四五〇万円が計上されていることが認められる。

右のうち、本件土地、建物の価格については、《証拠省略》によれば、その取得価格を記載したものであることが認められ、この点は会計の原則(原価主義)からも肯認できる。しかしながら、他方、《証拠省略》によれば、昭和四九年七月当時の本件土地の時価は合計八九五万五〇〇〇円、青木所有土地のそれは一一八〇万円、本件建物の時価は一五八八万八〇〇〇円であることが認められる。証人木嶋敏雄、被告協進工業代表者は右認定に反する供述をするが、《証拠省略》によれば、被告協進工業自体が、その後、宅地建物取引業者である右田城に右各不動産を担保に入れるため評価を依頼した際にも、その評価は右価格を下回ることはなかったことが認められ、この点からみて、右各供述はにわかに措信できない。もっとも、《証拠省略》によれば、本件建物については、帳簿に計上する場合は減価償却が必要であるから、価格の評価にあたってはこの点を考慮する必要がある。

次に負債のうち、谷口、中井、武隈からの長期借入金については、《証拠省略》によれば、会社設立前に、黒部機工の従業員の給料支払などのため、原告が前記乙第一九号証に計上のとおりの金員を借受けたものと認められる。原告本人は、右借入金の存在を否定する供述をするが、他方、原告自身、金額はともかく武隈や木嶋から給料の支払などのため金を借りたことがあることは認めていることや、《証拠省略》によれば、会社設立後、武隈は代表取締役となり、会計・経理面を担当(原告は取締役として現場の作業等技術面を担当)することとなったが、原告は武隈のこのような立場を承認していたものと認められることなどの諸点からみて、原告本人の右供述はにわかに措信できない。

未払金については、《証拠省略》によれば、乙第一九号証に計上されたもののうちには支払い済のものがあるものと認められるが、その金額は、さほどではない。

買掛金、支払手形については、乙第一九号証の記載を左右する証拠はない。

当座預金については、《証拠省略》によれば、二六万余円であることが認められる。

なお、そのほか証人木嶋敏雄は、設立前に原告に二二〇万円貸したが、原告の、引継財産が債務超過になるので計上しないでほしいとの希望により、乙第一九号証には記載されていない旨供述し、被告協進工業代表者本人もその旨の供述をするほか、原告及び右代表者は、機械装置、車輛運搬具、什器備品等についても、乙第一九号証記載の価格より高く、あるいは低く、自己に有利な価格を供述するが、いずれも(但し、後記のとおり、木嶋の貸金八〇万円を除く。)右記載に照らし、にわかに措信できない。もっとも、負債については、原告本人尋問の結果によれば、木嶋からの借入金八〇万円のあったことが認められる。

以上認定した事実によると、会社設立にあたり計上された資産のうち、本件建物はともかく、本件土地の当時の時価とその取得価格との間には、少くとも五〇〇万円以上の開きがあり、本件土地に青木所有土地を加えると、その開きは一五〇〇万円以上になるものと認められ、他方、負債については、ほぼ乙第一九号証に計上されたとおりか、せいぜいこれを一〇〇万円程度上回るにすぎないものと認められる。

そこで、会社設立にあたり、原告に割当てられた株式についてみると、原告が設立にあたり発行された株式三〇〇株のうち五〇株(額面五〇万円)を取得したにとどまることは当事者間に争いがない。

また、本件会社設立手続をみるに、前記認定のとおり、このような手続にうとい原告はその大部分を武隈にまかせていたものであり、前記証人大橋の証言によれば、武隈は五、六回は大橋の事務所に来たことがあることが認められること、発起人も原告以外は武隈の親戚が名を連ねていることなどからみて、結局、設立手続は武隈が中心となって進めたものであり、これに伴う本件売買契約も同様と認められ、その売買価格というものも前記認定のとおり取得価格であり、右認定に反する被告代表者本人の供述は、にわかに措信できない。

なお、原告が被告協進工業を辞めたいきさつについては、《証拠省略》によれば、原告は、昭和五〇年冬にけがをして仕事ができなくなったが、そのころ、武隈からもう会社にはこなくてよいと言われたこと、同年四月以降は給料をもらっておらず、いつの間にか辞めた形になっていること、武隈は黒部機工に勤めていた人間は技術が劣るので引続き会社に勤めているのは望ましくないと思っていたことが認められる。右認定に反する被告協進工業代表者の供述は、にわかに措信できない。

以上のような事実を総合すると、黒部機工は相当の負債をかかえていたとはいえ、会社設立にあたり、原告及び青木の提供した本件土地、建物など資産を時価に換算すると、資産が負債を四〇〇万円(原告提供分に限る。)ないし一〇〇〇万円(青木提供分を含む。)は上回っていることが認められること、これに対し、原告の取得したものは五〇万円(五〇株)の株式と取締役としての地位であるが、前記のような経過からみて、原告は、武隈が代表取締役になるのはともかく、右のような結果を充分納得していたとは認め難いこと、しかも右の取締役はけがを機会に辞めさせられたも同然であること、そうすると、武隈は、原告に金を貸した自己の立場を利用し、株式会社に関する原告の無知に乗じて自己の都合のよいように会社を設立したものといわざるを得ず、したがって、右会社設立手続に際して、武隈を代表者とする被告協進工業が原告との間で結んだ本件土地、建物の売買契約は、原告の無知に乗じて不当な経済的利益を得るものとして、公序良俗に反し無効である。再抗弁3は理由がある。

四  そうすると、原告の被告協進工業に対する本件土地、建物の各所有権移転登記の抹消登記手続を求める本訴請求及び右物件につき抵当権を有する被告タケクマに対する不動産登記法一四六条一項の利害関係を有する第三者としての右抹消登記手続をするについての承諾を求める本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野正樹)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例